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第3話 悪役令嬢の産声(後半)

last update Last Updated: 2025-09-26 06:06:58

 ――その夜。

 自室で、答えの出ない問いに苛まれ、途方に暮れているわたくし。

「うう、ひっく。わけが、わかりませんわ……」

 |繻子《サテン》の枕に顔を埋め、声を押し殺し泣く。こんな惨めな姿、誰にも見られたくはない。

「お嬢様、いつまでメソメソとなさっておいでで?」

 けれど、この屋敷には、わたくしの都合などお構いなしの使用人がいる。

 音もなく入室してきた、専属執事イヅル。同情も慰めもない、さらさらとした砂の声で尋ねて来た。

「か、勝手に部屋に入って来るなんて、どういうつもりなのよ!」

「あまりお心が休まっておられないようでしたので。安眠を誘うハーブティーを、お持ちしたまででございます。ほれ、この通り」

 差し出す銀盆には、わたくしが好きなカモミールティーの優しい湯気が薫る。湯気が薫る。でも、苛立ちは止まない。

「あなたには、わからないでしょうねっ!」

 思わず、枕を投げつける。もちろん、イヅルは柳に風と、身体を少し傾けるだけで涼やかにかわしてみせたけれど。

「このっ! わたくしの気持ちなんて、あなたなんかに、わかりっこないんですからっ!」

「そうですか。では、このカモミールティーはご不要で?」

「それはっ! ……いるけどっ!」

 ぬいぐるみとかを手当たり次第、投げつけてみたけど疲れるだけだった。肩で息をする間に、セッティングを整えるイヅル。

「もうっ! 本当にあなたって勝手なんだから! 頼んでもいないことばかりして!」

「主人に命じられてから動くようでは、二流でございます。それよりも、お嬢様。泣いても、状況は何も改善されませんよ。涙の無駄遣いでは?」

「そんなこと、わかってるわよ!」

「でしたら、何故お泣きに?」

「それはっ! だってっ! 婚約が決まったのに、誰も祝福してくれないし! 婚約者は冷たいし、アカデミーは居心地悪いし、ツェツィーリア様は嫌味を言ってくるしっ!」

 その上、ルチア嬢の方が、バージル殿下とずっと親しげだった。

 もう、まるで世界中から「お前は邪魔者だ」と、指を差されている気分なのよ!

「なるほど。つまり――お嬢様はなぜそのような状況に陥っているのか、まるでご理解されていない、と」

「なっ!?」

 イヅルは、にっこりと微笑んだ。面白い玩具を見つけたみたいに。

 カッチーン! どうしてこうもまあ、うちの執事は頭にくる言い方をするのかしら!

「失礼な! わ、わかっておりますわよ、それくらいっ!」

「おや、左様でございますか?」

 単なる強がり。でも、彼の黒曜石の瞳は、すべてをお見通し。

 耐えきれなくて、ぷいっと顔を背ける。悔しさに唇がわなわなと震えた。

「ほら、でも……わたくしは寛大ですから? ほら、あなたの口から答え合わせしてもよくってよ?」

「はて、何と恐れ多い。この執事めが、主人に偉そうに講釈を垂れるなど、打ち首ものでございます」

「くっ!? それでも、と・く・べ・つ・に! 許して差し上げますわっ!」

「おやおや……お嬢様は、何と愛らしいことをおっしゃる」

 からかう響き。

 すると、イヅルは待ってましたとばかりに、眼鏡のズレを直す。

「では、僭越ながら。わたくしめからご説明いたしましょう」

 ビターすぎるチョコレートを溶かしたみたいな。そんな残酷な真実を、イヅルは喜々として語る。

「王は、強大になりすぎたシューベルト侯爵家の力を削ぎたいのでございます。しかし、潰すまではしたくない。当主である宰相閣下は有能な人材であり、彼の派閥は国家の重要な収入源を担っておりますから」

「へ、へえ? ……それで?」

「かといって、王家は、自らの手を汚すわけにはいきません。何の罪もない家を罰するような前例を作れば、他の貴族たちの信頼を失いますからね」

「それはそうよね。だって、次は自分たちかもしれないって思っちゃうもの」

「その通り。でしたら、どうするか。別の有力な派閥をぶつけ、対立を煽り、その権力の合流を防ぐ。その上で、生かさず殺さず、双方を疲弊させるのが最も効率的、かと」

 まあ、これは一介の執事の邪推にございますが。

 そう嘯きながら、専属執事イヅルは転がる枕やら、ぬいぐるいみやらを片付け始めた。

 ……え、それってつまり?

「シューベルト侯爵家と、わたくしたちシャーデフロイ家を争わせようとしてるってこと!?」

「ご明察。婚約については、確かにツェツィーリア様が最有力候補だったとか。そこに我が家が割り込んだのは、これまでの貢献への報い――という表向きの理由がございます、が」

「……が?」

「ご存知の通り、シャーデフロイ家は、様々な家門の不祥事や醜聞を力としてきました。つまり、水面下での敵も多い。我らが孤立しうることも、王はよくご存知なのです」

 わたくしが今、アカデミーで味わっている、この孤独。それすらも、王の計算の内だというの?

 仲良くしてた家も、みんな風見鶏みたいに、大勢が決まるまで見てるだけ?

「でも、そんなの! 悪いことした人たちが悪いんじゃないのっ!」

「それはその通りですが。王家にとって、宰相という大狼を弱らせるための先兵として、我がシャーデフロイ家は、まさにうってつけの『弾丸』だったのでしょう」

 つまり、この婚約は栄誉ある縁談などではなく。政争の最前線で戦えと命じる、決して逃れられぬ策略?

「やっとお気づきになりましたか。……金の首輪というやつですよ」

 世界から、音が消えた。

 イヅルは低く甘ったるい声に、微塵の同情も乗せずに続ける。

「つまり、お嬢様は“生贄”でございます。このまま黙っていれば、王家の駒として使い潰され、用が済めば捨てられるだけの、哀れな子羊……ですね」

 ひび割れた心に、追い打ちをかけてくる。

「パパがそんなこと許すはずないわ、ママだって怒るもの!」

「されど、王家に弓引くことが堂々と許されるはずもなく。あくまで、名誉な褒賞に類するものでございますから、正当な理由なく断ることも難しく」

「う、うう……」

 その夜、わたくしは思い切り泣いた。

 父を恨み、王家を呪い、なにも出来ない自分の無力さを嘆いた。

 東の空が白み始め、窓が薔薇色に染まる頃。

 泣き腫らした赤い目で、わたくしは鏡台の前に座る。そこに映ったのは、ひどい顔の、哀れで、惨めで、無力な少女。

 でも、もうこんな顔を見るのはたくさん!

「――冗談じゃないわ」

 ぽつりと、掠れ声が唇から漏れた。

「誰が、使い捨ての人形になんてなってあげるものですか」

 唇を強く噛みしめる。滲んだ鉄の味が、現実の苦さを教えてくれた。涙は、もう枯れ果てた。

「子羊? いいえ、違うわ。わたくしは、シャーデフロイの翼ある蛇。食われるくらいなら、その喉笛に牙を剥いてやる!」

 決意は、怒りとなって腹の底から湧き上がる。

 そうだ。わたくしには、守るべき家がある。愛する領地の民がいる。そして何より、このベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイとしての、誇りがある。

「わかったわ。こうなったら、なってやろうじゃないの。金の首輪じゃ制御できないような、誰もが手を焼く、最悪で、最低の悪役の令嬢に!」

 王家が、わたくしたちに悪役を望むのならば。ええ、やってやりますとも!

 わたくしは、背後の気配に向かって、力強く命じた。

「イヅル! この国にある歴史上の悪女、毒婦に関する書物を、片っぱしから集めてきなさい! 今すぐに!」

 いつのまにかそこにいた忠実なる影は、ゆったりと一礼。口元に、深い愉悦を浮かべていた。

「――喜んで。我が|主演女優《プリマドンナ》」

 この日、無垢なだけの令嬢は死んだ。

 そして、一人の悪役が、血の味と共に、舞台に産声を上げる。

 のちに、王立アカデミー史上最悪の悪役令嬢として語り継がれる少女。

 ベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイが、いびつで健気で、ポンコツ滑稽な戦いの第一歩を踏み出した、記念すべき瞬間であった。

 ……え、ちょっと待って。ポンコツ滑稽なの? わたくし。

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